2014年3月7日金曜日

ビットコイン考案者「中本氏」を特定、64歳日系米国人 米誌

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●ビットコイン

 
 ●ナカモト氏


AFP BBニュース 2014年03月07日 07:33 発信地:ワシントンD.C./米国
http://www.afpbb.com/articles/-/3009905?pid=0

ビットコイン考案者「中本氏」を特定、64歳日系米国人 米誌


●香港(Hong Kong)で初めてオープンした仮想通貨「ビットコイン(Bitcoin)」が使える小売店(2014年2月28日撮影、資料写真)。(c)AFP/Philippe Lopez

【3月7日 AFP】(一部更新)米誌ニューズウィーク(Newsweek)は6日、幾年にもわたり謎とされてきた「中本哲史(Satoshi Nakamoto)」として知られる仮想通貨ビットコイン(Bitcoin)の考案者の正体を特定したと報じた。
 この名前はこれまで「偽名」と考えられてきたが、なんと本名であることが分かったという。

 同誌の記者は、ロサンゼルス(Los Angeles)郊外の質素な2階建て邸宅で暮らす鉄道模型が好きな「ドリアン・S・ナカモト(Dorian S. Nakamoto)」という名の64歳の日系米国人物理学者にたどり着いた。

 だがナカモト氏はビットコインの考案者であることは直には認めず、記者が玄関のドアをノックした際には、警察に通報したという。
 だが、同誌によると、ナカモト氏は
 「もうそれには関与していない。話すことはできない」
 「既に他の人々の手に渡っている」
と述べ、ビットコインの発明に貢献したことを暗に認めた。

 同誌によると、ナカモト氏は1949年に日本で生まれ、10年後に米国に移住した。
 カリフォルニア州立技術専門大学(California State Polytechnic University)で物理学を学び、米政府や政府の下請け企業でシステムエンジニアとして機密職務に従事するなどしたが、2002年からは定職に就いていないという。

■政府や金融機関に不信感

 2009年に立ち上げられたビットコインは、違法薬物取引や資金洗浄に利用されて問題にもなっているが、金融界に革命をもたらしたとして称賛されている。
 だがニューズウィーク誌によると、一方のナカモト氏は、余暇の大部分を趣味の鉄道模型に費やし、ビットコインのコンピューターコードを開発したことから得られる莫大(ばくだい)な富を享受しているようには見えないという。

 ナカモト氏の家族は、同氏がビットコインに関与していることは知らなかったと話している。
 弟のアーサー(Arthur Nakamoto)さんは兄のことを「非常に頭が良い人間」で、「数学、エンジニアリング、コンピューターなど、何でもこなせる」と説明している。

 だが同時に家族は、ナカモト氏が、自由論を強く信じ、プライバシーを非常に重視し、政府や金融機関への不信感を持つ人間だと語っている。

 ナカモト氏が2度の結婚でもうけた6人の子どものうちの1人、アイリーン・ミッチェル(Ilene Mitchell)さんは、父親から「政府の言いなりにはならないように」と言い聞かせられて育ったと話している。

 「中本哲史」氏が2008年に執筆したビットコインの論文には、信用して手数料を支払うことが必要な金融機関を通さない電子マネーシステムの必要性が強調されている。

■コード開発の報酬はビットコイン

 論文には
 「必要なのは、信用ではなく暗号化された証明に基づく電子取引システムであり、これにより希望する二者が信用できる第三者機関を介さずに直接取引できるようになる」
と書かれている。

 アナリストらは、論文で考案されているネットワーク構成について、中央銀行を通さずにビットコインを発行でき、取引記録を保ちつつも分散計算を通じてユーザーの匿名性を保てる点で、非常に優れていると話している。

 ビットコイン財団(Bitcoin Foundation)の主任研究員ギャビン・アンドリーセン(Gavin Andresen)氏はニューズウィーク誌に、サトシ・ナカモトという名の男性と1年間にわたりネット上でやりとりをしてビットコインのコードを改良したと話している。
 だが、電話で話したことはなく、男性の私生活については何も聞かなかったという。
 「彼は、自分の匿名性を保つために非常に気をつかっていた」
 「わたしたちはコードについてしか話さなかった」

 ニューズウィーク誌によると、オリジナルコードの開発者らへの報酬は全てビットコインで支払われた。
 ナカモト氏に支払われた報酬は現在の相場で4億ドル(約412億円)になっているとみられるという。

 同誌は、ナカモト氏自身の写真の他、米カリフォルニア(California)州ロサンゼルス東郊のテンプルシティー(Temple City)にある自宅や自家用車のトヨタ・カローラ(Corolla)の写真を掲載。
 自宅には取材陣が詰めかけており、読者からは、プライバシーを求めていたナカモト氏の実名や自宅の場所を公表した執筆者のリア・マグラス・グッドマン(Leah McGrath Goodman)氏を非難する声が上がっている。(c)AFP



SankeiBiz 2014.3.8 05:00
http://www.sankeibiz.jp/business/news/140307/bsk1403072218004-n1.htm

ナカモト氏、ビットコイン関与否定 「生みの親」報道、広まる臆測


●香港に開業したビットコイン販売店で、開店祝いのビットコインが当たる福引券に書き込みを行う女性=2月28日(ブルームバーグ)

 米誌ニューズウィークは6日、仮想通貨ビットコインの考案者は米カリフォルニア州在住の男性だと報じたが、この男性は同日、ビットコインとの関わりを全面的に否定した。
 この報道で、「生みの親」の姿は本当はどうなのか新たに焦点が当たっている。

 インターネット上で流通するビットコインの元となった2008年の論文や初期のソースコードは「サトシ・ナカモト」を名乗る人物が発表した。

 この名前は1人または複数のプログラマーの偽名と考えられてきたが、同誌は6日の特集記事で、サトシ・ナカモト氏は同州テンプルシティーに住む64歳の日系米国人男性、ドリアン・S・ナカモト氏だと分かったと伝えた。

 記事によるとナカモト氏は日本で生まれ、カリフォルニア州立工科大学を卒業。機密扱いの軍事プロジェクトに携わる複数の防衛企業に勤め、最終的には米連邦航空局(FAA)で働いていたという。
 1973年に「サトシ」から現在の名前に変えたとされる。

 しかし、この報道から数時間後、自宅前に姿を見せたナカモト氏は、報道陣に
 「ビットコインには関わっていない」
と主張した。

 その後、同氏はAP通信の記者とともに車で近郊にあるすし店に移動。
 ほかの記者らが追ってきたため、店を出て今度はロサンゼルス中心部にあるAP通信の支局に向かった。

 ニューズウィークの記者によれば、ナカモト氏は記事の発表前に応じたインタビューで
 「私はもはやビットコインに関わっていないので、話すことはできない」
と語っていたとされる。

 しかし、2時間にわたる単独インタビューを行ったAP通信が伝えたところによると、ナカモト氏は自分は誤解されたと説明。
 「あたかも私が以前ビットコインに関与していたが、いまはそうでなくなったかのような印象を与える。
 これは私が言おうとしたことではない」
と述べた。
 ナカモト氏は息子に記者が接触した先月までビットコインのことを聞いたことがなかったと語ったという。

 とはいえ、今回の報道はビットコインの支持者の間で驚きや疑問を引き起こしている。
 ビットコインのコードをめぐりナカモトを名乗る人物と協力したことがあるフィンランド人プログラマーはツイッターで
 「強い興味をそそられた。だけど、サトシは僕が想像していたのとそんなに違わなかった」
とコメントした。

 一方、ビットコイン関連の新興企業の育成に関わる米ブーストの幹部は記事について「立ち入ったもの」と不快感を表明するとともに、ずっと匿名でありたいのならなぜ論文で実名を使ったのか意味不明だと述べた。
(ブルームバーグ James Nash、Carter Dougherty)



東洋経済online 2014年03月13日
http://toyokeizai.net/articles/-/32820
小幡 績 :慶應義塾大学准教授


●政府や、日銀・黒田総裁は「通貨ではない」といった。果たして、ビットコインの正体とは?本当に通貨ではないのか(ロイター/アフロ)

ビットコインという「通貨」の正体
なぜ日銀・黒田総裁は「通貨でない」と発言したのか

 ビットコインは通貨か。
 ビットコインは、バブルになっているか。
 ビットコインとは何か。

 このコラムは、いつも日銀金融政策決定会合後に書くことになっているわけではない。
 だが、黒田東彦・日銀総裁も政府見解に続いて「ビットコインは通貨ではない」、とコメントしたことから、議論をここでもしてみたい。

通貨とは?貨幣とは?通貨と貨幣の違いとは?

ビットコインは通貨である。

 なぜなら、通貨は通貨であるから通貨なのである。
 ここで、通貨と貨幣の違いに疑問が生じるかもしれない。
 私はいつもは、貨幣は貨幣であるから貨幣なのである、と言うからである。

 もちろん、これは恩師である岩井克人氏の言葉である。

 貨幣と通貨の違いについては、いくつかの考え方、定義があるが、通貨とは「通用する貨幣である」としよう。
 そうなると、通用しない貨幣というものが存在しないといけない。
 しかし、貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣であるからだ、という論理に寄れば、通用しない貨幣は貨幣ではない。

 すなわち、貨幣が貨幣であるのは、人々がそれを貨幣とみなし、貨幣として受け取ることによるのであり、受け取り手が貨幣だとして受け取らなければ、それは金であろうが銀であろうが、貨幣でない。

 だから、法定通貨であっても、アルゼンチンペソをアルゼンチン国民の誰もが受け取らず、米国ドルで取引をするようになれば、法定通貨、つまり、法律で通貨であると定められたアルゼンチンペソは、その場面では、貨幣でなくなる。
 通用しない通貨となるのである。だから、これは通貨ではない。

 この点で、ビットコインは、それが通貨だと思う人々にとっては通貨であり、そうでない人にとっては使う必要のないモノであり、通貨ではない。

 日銀や政府が、これは通貨ではない、といったとき、これは当たり前のことで、刑務所でタバコが貨幣として機能したり、第二次大戦中や終戦直後、コメが通貨の代わりに使われたとき、それらは、もちろん法的には通貨ではないが、使っている人々にとっては通貨なのである。

  同じようにして、ビットコインと通貨として受け取る人々がいる世界においては、それは通貨なのであり、ビットコインを通貨として使おうとする人々は、それ を通貨として受け入れる人々を探すだけであり、彼らのコミュニティ、ビットコインコミュニティが出来上がり、その中では、ビットコインは通貨中の通貨、通 貨そのものである。

■「ビットコインコミュニティ」の正体

 ここで面白いのは、このコミュニティ=ビットコインコミュニティとは、ビットコインを通貨として使うことだけからできあがっている。
  いわゆるギーク(昔は「ガリ勉」という意味だったが、いつのまにか「コンピュータオタク」などの意味に転用されているが)が多いとか、特徴があるとして も、それは結果としての現象であって、コミュニティを形作っているのは、ビットコインを通貨として受け入れるという事実だけだ。

 これは「国家とは、通貨の発行権を得るための機構である」、という考え方があるが、それと同一の現象となっている。
 国家とは、経済圏を武力あるいは他の手段を通じて国家という枠組みと重ねることにより、通貨を使うことを強制し、それにより、通貨発行権を所持することのメリットを最大化しようとするものという、国家の捉え方である。

  したがって、国家の領土を拡大する戦争とは、物理的な資源や土地、戦略上の要地を獲得するという目的と同時に、内的には、あるいは経済的には、自国通貨の 流通範囲を広げ、通貨の流通量、使用量を増やすことにより、通貨を発行することによる利益を増大させることになるのである。

 こうなると、物理的に戦争をする必要もないし、国家という範囲を広げる必要もない。
 通貨を通貨として使わせれば十分なのである。
 米国経済や金融市場の発展は、米国に軍事力に変わるパワーをもたらしたし、欧州の復活はEUによるものではなく、ユーロによるものだ。
 パリバショック、リーマンショックでユーロという規模のある強い通貨を使うことのメリットを誰もが強く感じたはずであり、その後、EUはユーロの通貨価値を守ることを最優先とし、短期の景気刺激は放棄し、それにより、経済的にも復活してきたのである。

 したがって、ビットコインはビットコインを通貨とする人々のコミュニティに置いては、それは通貨であり、通貨そのものである。

 しかし、それは、たとえば、ネットゲームにおけるコインやアイテムと何が違うのか、ということになると、本質的には同じ、ということになる。
 コインやアイテムも、一定の範囲で一定期間継続してそのコミュニティの中で受け入れられ、またそれをコミュニティメンバーが期待しているのであれば、それは紛れもなく通貨である。

 ここで次の問題に移らないといけない。
 ビットコインをもてはやすだけでなく、実際に保有している人々、彼らにとって、ビットコインは本当に通貨なのだろうか。

■通貨における、最も重要な点とは? 

 「これまでの議論で、お前がそう言ったではないか」、と言われそうである。
 だが、ビットコインを通貨として受け入れる人々の間ではそれは通貨であるのであって、ビットコインを通貨としてではなく、別のモノとして保有していれば、それは通貨ではないことになる。

 これが、実は、政府や日銀の公式見解の考え方である。
 通貨とは、幅広いモノの取引の決済に使われるものであって、そうでない限り、それは通貨ではないのである。
 これは金も銀も同じだ。

 では、ビットコインを保有している人々は、ビットコインを何として保有しているのか。
 それは間違いなく金融資産として保有しているのである。

 金融資産とは何か。
 それは、将来、第三者である他人に売ることを、それもある程度幅広い候補者のいる市場で売ることを想定している資産のことである。
 流動性の高いものもあれば低いものもあるが、転売可能性を視野に入れている資産はすべて金融資産である。

 だから、ゲームにおけるコインもアイテムも、転売可能であれば、それは金融資産である。
 交換が頻繁に起こればそれは通貨であり、将来への投資、投機を視野に入れて、売ることを考えていれば金融資産である。

 これが通貨におけるもっとも重要な点である。
 つまり、通貨とは金融資産であり、特殊な金融資産であるに過ぎないということである。

 すなわち、通貨は、モノの取引媒介手段としても使われるが、貨幣の決済機能とは、貨幣の価値が失われない、すなわち貨幣の価値保蔵機能が高いことにより支えられている。
 そうでないと、受け取ってもらえないからだ。

 受け取ってもらえるということ、つまり「貨幣の信用」が決済機能と価値保蔵機能を支えているように見えるが、逆も真なりで、この両者が貨幣の信用を作っているのだ。
 これが、「貨幣が貨幣であるのは貨幣が貨幣であるから」であり、貨幣が貨幣であることにより、貨幣として使われると貨幣はより貨幣になる、という岩井克人氏の自己循環理論なのだ。

 ここで、価値尺度はどうでもいい。
 価値尺度として使われることは、法律で法定通貨と規定されるのと同じことで、貨幣が貨幣として使われるきっかけとはなるが、そのきっかけの一つの要素に過ぎない。
 アルゼンチンや過去のブラジル、エクアドルで実質的に自国の法定通貨ではなく、米国ドルが使われていたのと同じことだ。
 かつての共産圏に旅行した場合に、実質的には米国ドルを使うのと同じことである。

 だから、ビットコインが価値尺度として機能しなくても、それが通貨であることを妨げない。
 だから、ビットコインの価格が急騰し続けたり、乱高下したりすること自体が、ビットコインが通貨でなくなること、通貨として機能しないことを意味しているのではない。
 そうではなく、保有している人々が、ビットコインを決済通貨として使うことを拒否していることが、ビットコインが「通貨でない金融商品」としている理由なのだ。

 決済通貨であれば、取引所は要らない。
 取引に使うのだから、取引所は要らないのだ。
 取引所がいるということは、それは別の通貨と取引することが必要だからであり、それは売ることが必要なのであって、決済に使わない通貨、あるいは金融投資商品として投機的にのみ使うということなのだ。

 実は、ドルなどの通貨が通貨でなくなる瞬間はある。
 それは資産防衛のために、貴重なドルを守ることに人々が走った場合だ。
 超インフレになった場合は、資産を防衛するために、土地か米国ドルに走る。
 これが新興国や途上国における金融危機の対応であるが、政府も信用できなければ、土地は流動性もなく、売れる保証はないので、やはり米国ドルに走る。
 そして、ドルの量が限定的であれば、それは誰も使わず、資産防衛のために保蔵する。
 しかし、保蔵されれば、流通はなくなるので、それは、信用は失われないが、通貨であることをやめる。

 では、このとき、ドルは現地通貨に対して暴騰することになるか。
 実はそうはならない。
 なぜなら、誰もドルを現地通貨に交換しようとはしないから、価格が付かないのだ。
 だから、市場価格の暴落は止まるが、それは価値が回復したのではなく、価値がゼロになったため、取引されないだけである。

■通貨の形を装った、投機用の金融商品

 ビットコインは、通貨としては機能しない。
 通貨の形を装った投機用の金融商品として使われている。
 だからこそ、取引所に預けるのであり、交換するのではなく、利益確定売りをする人と、投機買いをする人が、やり取りするだけなのだ。

 この中で、価格が大幅に上昇を続けたことはどのような意味を持つのか。
 それは、発行者あるいは初期に保有した人々が(技術的には採掘というメカニズムで、常に誰でも自分で発行できる可能性があることになっているが、実質的には、初期の取得者と考えて良い)価格暴騰の利益を独占しているということだ。

 その中で、今から市場に参加して取引をするということは、投機的需要で保有している人々から、その貴重なバブル市場の売買投機ゲームに参加するチケット、つまり、ビットコインというバブルになっている金融資産を奪わないといけない。
 売りたくない人々から買うわけであるから、それは価格が上がっていく。
 上がるしかない。

 これは、バブルそのものであり、バブルの典型的現象だ。
 そして、ビットコインは、バブルにおけるもう一つの特徴、バブルのピークあるいは崩壊前に乱高下するという現象にもぴったり当てはまる。
 しかし、なぜ乱高下するのか。
 それは、売りが出てきたからである。
 買いたい意欲一辺倒のところへ、売りたい人々が出てきたということだ。

 これは発行者、あるいは初期保有者の出口としてなのかどうかはわからないが、
 そろそろ潮時だ、と思う人々が存在するということであり、
 貨幣であるにせよ、単なる金融資産であるにせよ、
 潮時だと思う人々が出てきて、これまで大幅に上昇するときというのは、バブルの末期である
と考えるのが普通である。

 派手に盗難が起き(実態はさらに怪しい可能性があるが)、動いているということも、
 そろそろ抜けるべきだと考える別の人々がいることを示している。

 したがって、ビットコインとは、その技術的構造がいかなるものであったとしても、
 通貨でありながら、投機としてしか意味のないものであり、夢の通貨でも、未来の通貨でもなく、幻想による金融資産であり投機商品なのである。
 そして、それはビットコインに固有のものではなく、通貨を含むすべての金融資産に置いて、多かれ少なかれ存在する問題である。
 ただ、ビットコインがもっとも崩壊するための条件がそろっているというだけのことだ。